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変化と杉田 今までの自分にさよなら  

last update Last Updated: 2025-05-19 16:28:26

 嫌な事があると癒しを求めるように配信を見るのが日課になっていた。僕とタミキが唯一、繋がって入れるのがこの世界だけだった。スマホだけが繋ぐ、運命の出会いなんじゃないかと錯覚してしまうほど。

 自分の中で都合のいいように解釈し、関連付けると、孤独に苛まれた日常から脱出出来るんじゃないかと希望を抱いていたのだと思う。

 黒髪だったのを赤く染める、服装もなるべくモノトーンで揃えて、メガネもコンタクトに変えると、いつもの自分とは少し違った印象になるが、タミキのようにはならなかった。一瞬でもいい、傍にいることが出来ないのなら、自分が彼になってしまえばいい。そんな歪んだ思考へと変化していく。

「服と髪はこんな感じだけど、顔が違いすぎる」

 セクシーな流れ目をしているタミキとは対照的で僕はどちらかと言えば幼なさが出てしまっている。だからこそ、今まで見下されたり、舐められたりしたんだろう。

「僕も彼のようになりたい。でも……」

 財布の中は勿論、銀行にも金はない。二千円くらいは残っているが、それで何かが変わるとは、到底思なかった。

 雰囲気だけでも近づけたかった自分を見て、恥ずかしい気持ちが顔を出す。結局、見た目を幾ら買えたところで、中身はそのままの僕。何も変わっちゃいない。

 ピロンピロン——

 邪魔するように、これ以上考え込まないようにと警鐘を鳴らしながら、スマホがチカチカしている。生まれて初めてコンタクトに挑戦した僕は、目の痛みに耐えながら手を伸ばす。

 んーと目を瞑ったり、上方向を見たりしていると、次第に慣れてきたのか、少し馴染んできた。メガネがなくても、コンタクトをするだけで視界が広くなった気がする。今まで見てきた景色も、空気も、鏡に映る自分自身も、知らない人、知らない世界、それとプラスされて微かな新鮮さが合わさっていく。

 まだ画面を見ると、見えすぎて目がチカチカするけれど、それも慣れてしまえば、今感じている感覚と同じになる。そうやって非日常が形をかえ、新しい日常へと上書きされていくのだろう。

 スマホをスクロールしていくと、メッセージボックスに「杉田」と書かれている。ああ、もうそんな時間かと呼吸を整えると、返信した。

 杉田は数少ない友人の一人でもあり、タミキのファンだ。タミキの配信を見るようになってから、僕のミキシングにコメントを残していた。配信アプリミラクルと同期していたらしく、そのリンクから飛んできたと聞いた時は、焦りながら設定を見直したっけ。

 推しのことを色々語りたくて、連絡を取るようになると、杉田の正体に気づくきっかけになったんだ。

 世間は広いようで狭い事を教えてくれるネット世界に脱帽しながら、机の上に置く。カーテンから溢れる太陽の光が反射して、僕の顔を照らし始めた。

4話 今までの自分にさよなら

 タミキと出会って自分の中の何かが崩れ落ちた。借金を返す為にがむしゃらに働いている僕は世間知らずで飼われないんだと思っていた。

 どう変わればいいのか分からないけれど、今の自分から抜け出したいと願っている自分がいる。僕は脱皮の出来ない蛇だったのかもしれない。一歩踏み出す勇気がなくて、ダラダラと過ごしてきた。

「自分に自信がないのなら、見た目から変わるのもありだと思うぞ?」

 スマホの向こう側から聞こえたのは杉田の何気ない一言だった。学生以来、話すのが久しぶりだった事もあったのか、ドキドキしている僕がいたんだ。

「見た目からか……その手があるのか」

「お前前髪長くて、顔見せねぇじゃん? 可愛い顔してんのに勿体ねぇって」

「は?」

 杉田の口から「可愛い」なんて初めて聞いた。正直、そういう事を言うタイプには見えない。違和感だらけに感じる。

 カランとグラスの氷が溶け出した。今日はいつも以上に暑い。涼しい部屋でゆっくりしたかったが、エアコンの調子が悪く、ムンムンと熱気が篭っている。はっきりしない僕みたいで、気分が落ちていきそうだった。

「お前時間あんだろ。俺がお前を変身させてやる。タミキの為にも、お前の為にも一歩踏み出してみよう」

 杉田の言葉がいつも以上に耳に残って離れない。その言葉に乗っかかってみるのも、いいのかもしれなと思い始めた瞬間だった。

 ————————

 家から逃げ出すように、勢いで杉田との待ち合わせをしている喫茶店で紅茶を飲んでいる。普通なら久しぶりに会う友人が今何をしていて、どんなふうに変化したのか楽しむかもしれないが、僕は違った。

 友人としてより、アドバイザーとして杉田を見ている。彼の話を聞くために来たのだから、目的は通常とは違ったんだ。

「お。待たせたな」

「久しぶり」

「おう。髪自分で染めたのか?」

 緊張しながらコクンと、頷くとまじまじと観察対象を見るような瞳で見つめてくる。動物園にいるパンダの気持ちがわかる気がする。何となくだけど。

「髪色は悪くないけど、何かが違う気がするんだよな。ストレートのように見えるけど、後ろの生え際は癖毛なんだよな。今の髪型だと重たい」

 そう言われて口をあんぐり開けてしまった。癖毛なんて言われた事なかったのに、少し見ただけで言い当てた。僕が思っている以上に、杉田って凄い奴なんじゃないかと感心してしまう程に——

 時間はたっぷりとある。少し前の僕なら今もバイトに追われていたかもしれない。そんな毎日にさよならをすると、あの時のどんよりした自分の姿は消えていった。

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